千代田光学工業 千代田顕微鏡Q型(TIYODA Microscope Type Q 1958) [顕微鏡]
千代田顕微鏡のQ型です。
いわゆる携帯顕微鏡です。千代田顕微鏡は戦前からこの折りたたみタイプの顕微鏡をMKQとして製造しておりました。戦後昭和21年よりマイナーチェンジモデルとして「Q」型に名称変更されました。
拡大倍数表をみると今モデルは1958年製となっています。
戦前のMKQモデルをみると塗装剥がれの個体が多いのですが、この戦後製Q型をみるとその問題も解決されたようです。
レボルバには対物レンズが3本付けられます。
収納時に畳まれた脚を開きメカニカルステージをネジで留めて使用します。
比較的長く生産されたコンパクトでありながら操作性も損なわない良い顕微鏡ですね。
いわゆる携帯顕微鏡です。千代田顕微鏡は戦前からこの折りたたみタイプの顕微鏡をMKQとして製造しておりました。戦後昭和21年よりマイナーチェンジモデルとして「Q」型に名称変更されました。
拡大倍数表をみると今モデルは1958年製となっています。
戦前のMKQモデルをみると塗装剥がれの個体が多いのですが、この戦後製Q型をみるとその問題も解決されたようです。
レボルバには対物レンズが3本付けられます。
収納時に畳まれた脚を開きメカニカルステージをネジで留めて使用します。
比較的長く生産されたコンパクトでありながら操作性も損なわない良い顕微鏡ですね。
マッカーサー式携帯顕微鏡・ビッカース製 [顕微鏡]
イギリスのビッカース製のマッカーサー式携帯顕微鏡を入手しました。
今年の夏にプラスチック製のオープンユニバーシティモデルを入手していたことは書きましたが、やはりその元になった金属製のモデルも欲しくなりまして入手ということです。
マッカーサー博士の顕微鏡は試作が1930年と古く、細かく改良されております。製造もいろいろと移っていて、今回入手のモデルはビッカース製になります。ビッカースの前はCooke(イギリスの光学メーカーでレンズで有名)製造でした。取説をみるとその名残なのかCooke名義になっていますが、その辺大らかな時代であったのでしょう。
ちなみにCookeでは1959~1962年、ビッカースは1963~1969年と言われております(正確ではないらしいです)。
メインボディはアルミ材でプラスチック製の携帯顕微鏡よりも小さいサイズですが、意外とずっしりと重いです(レンズ込みで実測530g)。
ミラーを手で持ち上げてフリー固定します。ミラー部はガラスに蒸着ではなく、ステンレス材の鏡面仕上でミラーの代用をしています。携帯顕微鏡の性格上、割れにくさを考えた為でしょう。
側面のダイヤルがピントで、上部ダイヤルが絞りです。
底面には穴が開いております。三脚へ接続・固定するための穴です。
対物レンズは三本装着出来ます。
レボルバーの代わりに対物レンズの乗ったトレーをスライドして倍率を選択する仕組みです。
ビッカース製・オープンユニバーシティモデル・ニコン携帯顕微鏡H型と比較。
ビッカース製がいかに小さいかわかります。
デザインに凝縮感があって、マッカーサー博士の思いがこもったこの素敵な顕微鏡を手に入れられて嬉しさをかみしめている日々です。
今年の夏にプラスチック製のオープンユニバーシティモデルを入手していたことは書きましたが、やはりその元になった金属製のモデルも欲しくなりまして入手ということです。
マッカーサー博士の顕微鏡は試作が1930年と古く、細かく改良されております。製造もいろいろと移っていて、今回入手のモデルはビッカース製になります。ビッカースの前はCooke(イギリスの光学メーカーでレンズで有名)製造でした。取説をみるとその名残なのかCooke名義になっていますが、その辺大らかな時代であったのでしょう。
ちなみにCookeでは1959~1962年、ビッカースは1963~1969年と言われております(正確ではないらしいです)。
メインボディはアルミ材でプラスチック製の携帯顕微鏡よりも小さいサイズですが、意外とずっしりと重いです(レンズ込みで実測530g)。
ミラーを手で持ち上げてフリー固定します。ミラー部はガラスに蒸着ではなく、ステンレス材の鏡面仕上でミラーの代用をしています。携帯顕微鏡の性格上、割れにくさを考えた為でしょう。
側面のダイヤルがピントで、上部ダイヤルが絞りです。
底面には穴が開いております。三脚へ接続・固定するための穴です。
対物レンズは三本装着出来ます。
レボルバーの代わりに対物レンズの乗ったトレーをスライドして倍率を選択する仕組みです。
ビッカース製・オープンユニバーシティモデル・ニコン携帯顕微鏡H型と比較。
ビッカース製がいかに小さいかわかります。
デザインに凝縮感があって、マッカーサー博士の思いがこもったこの素敵な顕微鏡を手に入れられて嬉しさをかみしめている日々です。
2016-08-23 [顕微鏡]
オープン・ユニバーシティモデル・マッカーサー携帯顕微鏡 [顕微鏡]
オープン・ユニバーシティモデルのマッカーサー携帯顕微鏡を購入。
マッカーサー携帯顕微鏡といえばジョン・マッカーサー博士が発明した本格的でコンパクトな携帯顕微鏡の先駆けともいえますが、70年代にこのプラスチック製の顕微鏡が生産されました。
オープン・ユニバーシティモデルということで、学生向けに安価な顕微鏡を供給ということなのでしょうか?医療分野でも発展途上国などに供給されたのかもしれませんが、その辺の背景は後々調べていこうかと思います。
この顕微鏡はコンセプトがそうなのでしょうが、顕微鏡で観るということのみに注力している思い切った創りになっています。
分解は(分解はあまり想定していない感じですが)裏面の4本ネジを外します。この際特殊工具が必要になりますが、私は100円ショップで安いマイナスドライバーを購入(先端幅5ミリ)、棒ヤスリで削って先割れ状の工具を自作しました。トルク強度が必要な物でもないのでこの程度で十分です。
ネジを外すと3パーツに分かれます。
本来ならここに光源用のバッテリーが入るのですが、今の乾電池の規格と違うものが入ったらしく内蔵の電球をこのままでは光らせることは出来ません(サイズ的には単4形2本くらい)。今はLEDでコンパクトな光源が確保出来るので、コレクション目的でなければ改造してみるのも良いかもしれません。
対物レンズは2つあります。ノブをスライドさせて切り替えます。
ピントは下面のネジを回して合わせます。
クレンメルは軟質樹脂で、そのテンションでプレパラートを押さえる構造になっています。
光源の切り替えは上面のスイッチをスライドさせて行います(文字表示あり)。
非常にシンプルな作りですが、発明したジョン・マッカーサー博士の思いが具現化した良い顕微鏡だと思います。
マッカーサー携帯顕微鏡といえばジョン・マッカーサー博士が発明した本格的でコンパクトな携帯顕微鏡の先駆けともいえますが、70年代にこのプラスチック製の顕微鏡が生産されました。
オープン・ユニバーシティモデルということで、学生向けに安価な顕微鏡を供給ということなのでしょうか?医療分野でも発展途上国などに供給されたのかもしれませんが、その辺の背景は後々調べていこうかと思います。
この顕微鏡はコンセプトがそうなのでしょうが、顕微鏡で観るということのみに注力している思い切った創りになっています。
分解は(分解はあまり想定していない感じですが)裏面の4本ネジを外します。この際特殊工具が必要になりますが、私は100円ショップで安いマイナスドライバーを購入(先端幅5ミリ)、棒ヤスリで削って先割れ状の工具を自作しました。トルク強度が必要な物でもないのでこの程度で十分です。
ネジを外すと3パーツに分かれます。
本来ならここに光源用のバッテリーが入るのですが、今の乾電池の規格と違うものが入ったらしく内蔵の電球をこのままでは光らせることは出来ません(サイズ的には単4形2本くらい)。今はLEDでコンパクトな光源が確保出来るので、コレクション目的でなければ改造してみるのも良いかもしれません。
対物レンズは2つあります。ノブをスライドさせて切り替えます。
ピントは下面のネジを回して合わせます。
クレンメルは軟質樹脂で、そのテンションでプレパラートを押さえる構造になっています。
光源の切り替えは上面のスイッチをスライドさせて行います(文字表示あり)。
非常にシンプルな作りですが、発明したジョン・マッカーサー博士の思いが具現化した良い顕微鏡だと思います。
KOKKO 顕微鏡 [顕微鏡]
去年このKOKKOの顕微鏡を入手しまして、清掃しながらバラしていたんですけど思い立って組み上げたので写真撮りました。それでブログ紹介出来るようになった次第です。
実はKOKKOって顕微鏡メーカーよくわからないんですよね。鏡基がブロンズ製のようですし、作りから戦前物に違いないんでしょうけど謎なのです。
基本的にはツァイスタイプのコピーでして(顕微鏡に関してはツァイスは特許フリーだったので問題ないです)特徴もありません。このスタイルだと戦前・戦中に高千穂光学や千代田顕微鏡、ヤシマ、スンプも製造していましたので。
ヒントとなるのは本社が東京にあることと、付属していた対物・接眼レンズです。
なんとNIKKO刻印の日本光学製レンズが付属していました。
これまで戦前の日本光学製顕微鏡は見たことないんですが、顕微鏡レンズが付属していたということは、このKOKKOブランドの顕微鏡は日本光学と繋がりがあるのでは?と思ってしまいます。
本では日本光学が顕微鏡を製造とありますが、実物って何故か見ないんですよね。
今年4月に国立科学博物館で開催されていた顕微鏡展では「ジョイコ」ブランドで日本光学製の顕微鏡が出ていましたが、他では見ないのです。現在、日本光学製の顕微鏡といったら戦後のモデルばかりで戦前のモデルがスッポリ抜け落ちている状態なので、その抜けた部分を見つけるのが一番の課題かと思っています。
ともかく戦前の日本光学工業製の顕微鏡の研究に役立てればと思います。
実はKOKKOって顕微鏡メーカーよくわからないんですよね。鏡基がブロンズ製のようですし、作りから戦前物に違いないんでしょうけど謎なのです。
基本的にはツァイスタイプのコピーでして(顕微鏡に関してはツァイスは特許フリーだったので問題ないです)特徴もありません。このスタイルだと戦前・戦中に高千穂光学や千代田顕微鏡、ヤシマ、スンプも製造していましたので。
ヒントとなるのは本社が東京にあることと、付属していた対物・接眼レンズです。
なんとNIKKO刻印の日本光学製レンズが付属していました。
これまで戦前の日本光学製顕微鏡は見たことないんですが、顕微鏡レンズが付属していたということは、このKOKKOブランドの顕微鏡は日本光学と繋がりがあるのでは?と思ってしまいます。
本では日本光学が顕微鏡を製造とありますが、実物って何故か見ないんですよね。
今年4月に国立科学博物館で開催されていた顕微鏡展では「ジョイコ」ブランドで日本光学製の顕微鏡が出ていましたが、他では見ないのです。現在、日本光学製の顕微鏡といったら戦後のモデルばかりで戦前のモデルがスッポリ抜け落ちている状態なので、その抜けた部分を見つけるのが一番の課題かと思っています。
ともかく戦前の日本光学工業製の顕微鏡の研究に役立てればと思います。
国産顕微鏡100年展 [顕微鏡]
国立科学博物館で開催中の国産顕微鏡100年展に行ってきました。
国産顕微鏡を江戸時代から解説付きで展示してある企画です。
個人的には戦前までの顕微鏡に興味があるのでその辺をメインに観てきました。
田中式顕微鏡です。
イベントのタイトルにはエムカテラから、とあるのですが実際には工業製品としての顕微鏡は田中式が先だったという経緯が近年わかってきたようです。
やっぱりその後の国産顕微鏡に大きく関わったエムカテラの方がクローズアップされたのは仕方ないんでしょうね。もともと研究器機の歴史などはあまり調べる人もいなかったこともありますし。
野口英世のライツ顕微鏡です。メカニカルステージもなかったんですね(これ一台だけではないのかもしれませんけど)。
こちらは北里柴三郎の顕微鏡。ツァイスにメカニカルステージ付きです。
昭和天皇の高千穂製作所製・精華号GEです。
もともと戦前に献上されたものですが戦後に新しい顕微鏡に変えたとき、オリンパスに下賜されたそうです。
戦前の日本光学製のJOICO顕微鏡です。ニコンは戦前から顕微鏡を製造していたのですが、オリンパス製に較べるとなかなか現存するものが多くないんですよね。日本光学銘の戦前顕微鏡があるなら見てみたいのですが・・・
余談ですが高千穂製作所(オリンパス)は戦前に海軍の指定工場になって顕微鏡を納入していました。陸軍へは既に他社が納入していたそうで、そこが知りたい所です。
これだけまとめて国産顕微鏡が展示されることも滅多にありませんし、興味のある方は是非。
国産顕微鏡を江戸時代から解説付きで展示してある企画です。
個人的には戦前までの顕微鏡に興味があるのでその辺をメインに観てきました。
田中式顕微鏡です。
イベントのタイトルにはエムカテラから、とあるのですが実際には工業製品としての顕微鏡は田中式が先だったという経緯が近年わかってきたようです。
やっぱりその後の国産顕微鏡に大きく関わったエムカテラの方がクローズアップされたのは仕方ないんでしょうね。もともと研究器機の歴史などはあまり調べる人もいなかったこともありますし。
野口英世のライツ顕微鏡です。メカニカルステージもなかったんですね(これ一台だけではないのかもしれませんけど)。
こちらは北里柴三郎の顕微鏡。ツァイスにメカニカルステージ付きです。
昭和天皇の高千穂製作所製・精華号GEです。
もともと戦前に献上されたものですが戦後に新しい顕微鏡に変えたとき、オリンパスに下賜されたそうです。
戦前の日本光学製のJOICO顕微鏡です。ニコンは戦前から顕微鏡を製造していたのですが、オリンパス製に較べるとなかなか現存するものが多くないんですよね。日本光学銘の戦前顕微鏡があるなら見てみたいのですが・・・
余談ですが高千穂製作所(オリンパス)は戦前に海軍の指定工場になって顕微鏡を納入していました。陸軍へは既に他社が納入していたそうで、そこが知りたい所です。
これだけまとめて国産顕微鏡が展示されることも滅多にありませんし、興味のある方は是非。
日本光学工業 携帯顕微鏡H型・まとめ1 [顕微鏡]
またニコンの携帯顕微鏡H型を購入しました。今回は初期と言えるナンバー3万台の個体です。
いつものように写真出してこれです~っていうだけでは芸もないので、そろそろ携帯顕微鏡についてまとめたことを書いていこうかと思います。
このニコン携帯顕微鏡H(ニコンの名称では「H型」ではなく「H」と表記されています)は1958年から1979年まで生産された、ハンディタイプの顕微鏡です。
設計者の加藤仁一氏によりますと、最初に試作品が第二次南極観測隊(タロ・ジロの樺太犬で知られた時の観測隊です)で携行されたそうです。
性能を通常の卓上顕微鏡より落とすことなく、手のひらサイズに収めた携帯顕微鏡は以降さまざまな野外調査・スカイラブ計画で人工衛星内でも使用されました。※2022.9一部修正
ニコンの携帯顕微鏡には透過明視野照明方式のH型と透過位相差方式のH3型があります。H型とH3型の違いは対物レンズとコンデンサ部分のみです。
ただ位相差顕微鏡タイプのH3型は生産数が少ないのか、私はまだ現物の鮮明な写真は見たことがありません。
照明方式は付属の電球による光源と日光照明の両方が使えます。日光照明の場合は反射鏡を適宜に回して採光します。これは説明書にも書いてありますが、説明書がついてない場合が多いので気づかない方もいるかと思います。反射鏡はネジの頭が板バネに引っかかって固定されているので案外固く、それで可動しないと思われてしまうのかと。
接眼レンズは10倍の物が鏡筒にねじ込まれています。しかし回して外せば、他の接眼レンズも使用出来るようになっています(勿論専用レンズではないので固定はされません)。
この携帯顕微鏡は倒立式なので標本のプレパラートはカバーガラスを下にして取り付けます。液状の標本についてはホールガラスか特製大型カバーガラスを使用すること、とあります。実際屋外で見る時はカバーガラスに封入固定して、というよりもホールガラスを使用する方が多いかもしれません。
それでは製造ナンバーによるディティールの違いを紹介します。
まずはニコンマークの違いです。
左から若いナンバーになっています。まず極初期がいわゆる富士山マーク、次が「Nikon」ロゴが大きく、丸い円より少し上側に寄っているタイプ、最後が「Nikon」ロゴが小さめになって真ん中寄りになっているタイプがみられました。この一覧にはありませんが「Nikon」ロゴが少し上に寄っているタイプは4万3千番台でも確認されています。
便宜的に極初期・初期・中期・後期と別けた場合、左から極初期・初期・後期となるであろうと推察しております。
(2022.9 追記)3万9千番台で4万3千番台と同じ刻印仕様を確認しました。
クレンメル(プレパラート押さえ)のタイプは3タイプに分かれます。
クレンメルについては極初期タイプは板バネでした(ネットで確認しました)。しかし標本移動に際して問題があったのでローラー付きのX・Y軸独立したタイプが作られました。しかしY方向に関しては観察者が手で移動させた方がやりやすいとの意見があって、シンプルなローラータイプに変更された、と設計者の加藤氏が記しています。
つまり板バネ→独立つまみローラー式→シンプル・ローラー式へ変更されたことになります。
次は携帯顕微鏡の簡単な使い方でも紹介したいと思っています。意外とマニュアルが残っていないので、どう使ったらいいのかわからない方もいるでしょうから(勿論研究者の方ならわかるでしょうけど)。
今回の個体では珍しく電球のスペアと防塵カバー(黒い板)が付属してきました。
勿論油浸レンズも付いています。マニュアルさえあれば完璧だったんですけど、さすがにそこまで望むと結構なお値段になりそうです(笑
写真はアレですが、コリメート式でサクッと珪藻プレパラートを撮影しました。
やっぱり観られると楽しいですね。
いつものように写真出してこれです~っていうだけでは芸もないので、そろそろ携帯顕微鏡についてまとめたことを書いていこうかと思います。
このニコン携帯顕微鏡H(ニコンの名称では「H型」ではなく「H」と表記されています)は1958年から1979年まで生産された、ハンディタイプの顕微鏡です。
設計者の加藤仁一氏によりますと、最初に試作品が第二次南極観測隊(タロ・ジロの樺太犬で知られた時の観測隊です)で携行されたそうです。
性能を通常の卓上顕微鏡より落とすことなく、手のひらサイズに収めた携帯顕微鏡は以降さまざまな野外調査・スカイラブ計画で人工衛星内でも使用されました。※2022.9一部修正
ニコンの携帯顕微鏡には透過明視野照明方式のH型と透過位相差方式のH3型があります。H型とH3型の違いは対物レンズとコンデンサ部分のみです。
ただ位相差顕微鏡タイプのH3型は生産数が少ないのか、私はまだ現物の鮮明な写真は見たことがありません。
照明方式は付属の電球による光源と日光照明の両方が使えます。日光照明の場合は反射鏡を適宜に回して採光します。これは説明書にも書いてありますが、説明書がついてない場合が多いので気づかない方もいるかと思います。反射鏡はネジの頭が板バネに引っかかって固定されているので案外固く、それで可動しないと思われてしまうのかと。
接眼レンズは10倍の物が鏡筒にねじ込まれています。しかし回して外せば、他の接眼レンズも使用出来るようになっています(勿論専用レンズではないので固定はされません)。
この携帯顕微鏡は倒立式なので標本のプレパラートはカバーガラスを下にして取り付けます。液状の標本についてはホールガラスか特製大型カバーガラスを使用すること、とあります。実際屋外で見る時はカバーガラスに封入固定して、というよりもホールガラスを使用する方が多いかもしれません。
それでは製造ナンバーによるディティールの違いを紹介します。
まずはニコンマークの違いです。
左から若いナンバーになっています。まず極初期がいわゆる富士山マーク、次が「Nikon」ロゴが大きく、丸い円より少し上側に寄っているタイプ、最後が「Nikon」ロゴが小さめになって真ん中寄りになっているタイプがみられました。この一覧にはありませんが「Nikon」ロゴが少し上に寄っているタイプは4万3千番台でも確認されています。
便宜的に極初期・初期・中期・後期と別けた場合、左から極初期・初期・後期となるであろうと推察しております。
(2022.9 追記)3万9千番台で4万3千番台と同じ刻印仕様を確認しました。
クレンメル(プレパラート押さえ)のタイプは3タイプに分かれます。
クレンメルについては極初期タイプは板バネでした(ネットで確認しました)。しかし標本移動に際して問題があったのでローラー付きのX・Y軸独立したタイプが作られました。しかしY方向に関しては観察者が手で移動させた方がやりやすいとの意見があって、シンプルなローラータイプに変更された、と設計者の加藤氏が記しています。
つまり板バネ→独立つまみローラー式→シンプル・ローラー式へ変更されたことになります。
次は携帯顕微鏡の簡単な使い方でも紹介したいと思っています。意外とマニュアルが残っていないので、どう使ったらいいのかわからない方もいるでしょうから(勿論研究者の方ならわかるでしょうけど)。
今回の個体では珍しく電球のスペアと防塵カバー(黒い板)が付属してきました。
勿論油浸レンズも付いています。マニュアルさえあれば完璧だったんですけど、さすがにそこまで望むと結構なお値段になりそうです(笑
写真はアレですが、コリメート式でサクッと珪藻プレパラートを撮影しました。
やっぱり観られると楽しいですね。
戦前の日本光学工業・顕微鏡レンズ [顕微鏡]
マニアなら超ビックリな件ですが(そうでない人にはピンとこない話題)おそらく戦前の日本光学の顕微鏡レンズ(接眼・対物)手に入れました。
戦前に日本光学(現ニコン)が顕微鏡を作っていたのは知られていますが、なかなかその実物は出てこないので私の中では幻の顕微鏡なのであります。JOICOブランドでの姿はニコンの公式にも写真が出ていますが、それでも実在する数は微々たるものかと思われます。
どなたか戦前のニコン顕微鏡持ってるといいんですが、いないもんですかね~?
とりあえず今回のレンズがなにかの取っ掛かりに慣ればと考えております。
やはり日本光学の四十年史あたりに目を通したいところです(古本高いですが;)。
戦前に日本光学(現ニコン)が顕微鏡を作っていたのは知られていますが、なかなかその実物は出てこないので私の中では幻の顕微鏡なのであります。JOICOブランドでの姿はニコンの公式にも写真が出ていますが、それでも実在する数は微々たるものかと思われます。
どなたか戦前のニコン顕微鏡持ってるといいんですが、いないもんですかね~?
とりあえず今回のレンズがなにかの取っ掛かりに慣ればと考えております。
やはり日本光学の四十年史あたりに目を通したいところです(古本高いですが;)。
2013-12-17 [顕微鏡]
先月はまた顕微鏡買ってしまいました、すいません(誰に謝る?
ライツの古い解剖顕微鏡です。
解剖顕微鏡はシンプルな構造ゆえか、あんまり人気無いのかな~と思うのですがあまり高倍率を求められていないから、実用としては古いものでも通用しちゃう顕微鏡なんですよね。
真鍮クリア仕上げはやっぱり良いですね。クレンメルも味があります。
あともう一台ニコンの携帯顕微鏡も追加購入しました;
こちらは使用感があってあんまり程度がよくないってこと言われてたので部品取りに考えていたんですが、実際届いてみると電池ボックスの端子腐食も無いし、油浸レンズも付いてきたので当たりでした。
ボディには塗装剥がれがあって、既に剥がれているところは磨いてからプライマー塗って、黒塗装を数度筆塗り、研磨で普通に見えるくらいには再現しました。まだ塗装剥がれはありますが、そっちは深刻でないのでそのままにしておきます。塗装の浮きもあるんですけど、そっちは剥離してから考えてみます。
あと、電池ボックスの片側の端子金属プレートが紛失していたので、そこを作ってあげるくらいですね。通電したらちゃんと使えそうですよ。
で、気がついたんですが側面のニコン刻印が43000番代と44000番代では位置や大きさが違うんですね。
初期型との違いは以前書きましたが、中期以降も意外に刻印の変更がなされていたとは知りませんでした。
ライツの古い解剖顕微鏡です。
解剖顕微鏡はシンプルな構造ゆえか、あんまり人気無いのかな~と思うのですがあまり高倍率を求められていないから、実用としては古いものでも通用しちゃう顕微鏡なんですよね。
真鍮クリア仕上げはやっぱり良いですね。クレンメルも味があります。
あともう一台ニコンの携帯顕微鏡も追加購入しました;
こちらは使用感があってあんまり程度がよくないってこと言われてたので部品取りに考えていたんですが、実際届いてみると電池ボックスの端子腐食も無いし、油浸レンズも付いてきたので当たりでした。
ボディには塗装剥がれがあって、既に剥がれているところは磨いてからプライマー塗って、黒塗装を数度筆塗り、研磨で普通に見えるくらいには再現しました。まだ塗装剥がれはありますが、そっちは深刻でないのでそのままにしておきます。塗装の浮きもあるんですけど、そっちは剥離してから考えてみます。
あと、電池ボックスの片側の端子金属プレートが紛失していたので、そこを作ってあげるくらいですね。通電したらちゃんと使えそうですよ。
で、気がついたんですが側面のニコン刻印が43000番代と44000番代では位置や大きさが違うんですね。
初期型との違いは以前書きましたが、中期以降も意外に刻印の変更がなされていたとは知りませんでした。